今回は前回の「フロント筐体に求められるもの」の続きとして、「フロント筐体の素材別の特徴」についてお話いたします。
まだ前回の投稿を見ていない方はまずはそちらをご覧ください。
今回の内容は以下の通りです。
1) 多様な素材。
2) 634EARSでよく使う素材。
3) 各素材の特徴。
4) フロント筐体に適している素材は?
5) 何を選ぶか?
1) 多様な素材
フロント筐体として使われる素材には色んな種類があります。
金属、樹脂、木材、セラミックなど色んなタイプの素材がありますし、さらにそれぞれにまた多くの種類が存在します。
例えば、金属だけでもアルミニウムやステンレスや真鍮や銅、チタニウムやマグネシウム…など様々なものがあるし、樹脂や木材などもそれぞれにまた多くの種類があります。
2) 634EARSでよく使う素材
素材の種類がとても多いので、634EARSでフロント筐体によく使う素材から見てみましょう。
634EARSでフロント筐体に使う素材は主に金属です。
過去には稀に木材などを使ったこともありますが現在はほぼ金属素材がすべてとなります。
主に、アルミニウム、真鍮、ステンレス、チタニウムの4種類です。
中には表面処理としてメッキやアルマイトを施すものもあります。
フロント筐体には過去に銅やマグネシウム合金なども作ったことがありますが、加工性や扱いの難しさ、音質面で合わなかったことから採用はしていません。
3) 各素材の特徴。
アルミニウム)
アルミニウムはとても軽いのが特徴です。密度が低くほかの金属素材と比べて特に軽いです。比重は鉄や真鍮や銅と比べて1/3程度しかありません。つまり金属素材の中では密度の低い素材となります。
密度が低いため、密度と弾性率から求められる音の伝搬速度(弾性率/密度)が高いのが特徴です。
比重が軽く音の伝搬速度が高いので「振動をロスなく伝える」というフロント筐体に求められる条件の1つを満たしてはいますが、そのぶん振動の内部減衰率が低く振動をあまり吸収しないのでD型ドライバ―の振動を抑える必要のあるドライバ―取付部分にはあまり向いていないということにもなります。
しかし、比重の軽さからくる軽やかな音はアルミニウムの魅力です。
逆に低音のドスンという骨格のしっかりした音を出すのは苦手かなとも思います。
ステンレス)
ステンレスは比重が高いことと振動の内部減衰率が金属素材のなかでは大きいことが特長です。比重の高さから軽やかさとは逆のずっしりと重たい音を出すのが特徴で芯のある硬く強い音が出ます。
また、他の金属素材に比べて振動の内部減衰率が大きいのでドライバ―取り付け部分に求められる「振動を抑える」という意味では向いている素材だと言えます。
しかし、このことは逆を言えば「振動をロスなく伝える」という点においては先ほどのアルミに比べて劣るということにもなります。
このようなことから、ステンレスはドライバーの振動を抑える素材として向いていることと、ずっしりとした重量感や存在感のある強い音を出すことに向いているといえます。
真鍮)
真鍮は比重の高さが特長です。ステンレスよりさらに高い比重となります。
その高い比重(密度)ゆえ音の伝搬速度(弾性率/密度)はステンレスよりもさらに遅いということになります。そのため少しゆったりとした音になる傾向にあります。この特徴を「聴きやすい」ととるか、立ち上がりが悪いととるかで真鍮は大きく好みがわかれます。
チタニウム)
チタニウムは比重は真鍮の約半分程度でステンレスより軽くアルミより重いという感じで内部損失がとても小さい素材です。
それゆえ今回紹介した4つのなかではもっとも音の伝搬速度が速く音の減少が少ない素材となります。
つまり、「振動を抑える」という点においてはあまり望ましくありませんが、「振動をロスなく伝える」という点においてはアルミニウムよりも適した素材だと考えられます。
ただし、比重はステンレスや真鍮に比べると軽くどちらかといえば軽やかな音の部類になるのかなという感じです。
また価格面において他の3つの金属に比べてとても高価であり、硬く加工性が悪かったりと、とても扱いの難しい素材でもあります。
4種類の金属でもかなり特徴に差があるものなんですねー。
この4種類以外にもかなりたくさんの種類の素材があるので次はそれらも含めて考察してみましょう。
4) フロント筐体に適している素材は?
634EARSでよく使う4種類の金属素材の特徴を知ったところで、これ以外の別の素材も含めてどんなものが適しているか考えてみたいと思います。
先ほどの4種類以外でいくつか例をあげると、金属であれば銅やマグネシウム合金であったり、それ以外ならセラミック素材や木材、あとは樹脂素材などが存在します。
銅は錆びやすかったりなど表面保護でまた性質が変わったりするので扱いが難しく、マグネシウム合金などは振動を抑えるのには適しているのですが音の減衰率が高すぎたりします。
セラックミックや木材の一部などは多孔質素材ゆえ音が素材に入射し音の減衰率が高すぎだったりしますし、木材に至っては個体差ゆえにフロント筐体として使うには安定性に欠けることと、薄く加工すると強度が落ちてしまうので厚みを持って作るしかなく音導(ノズル)が狭くなったり、厚みがあることで音色が暗くなりがちなことが問題です。
樹脂素材はとても作りやすく扱いやすいのですが、比重や内部損失が金属に比べると劣る面があります。
理想とするのは、適度な比重(軽さと重さのバランス)、音の伝搬速度の速さ、内部減衰の小ささ、などを持ち合わせている素材ということになりますが、全ての要素を完全に満たすものというのはまたこの中にはなく、どの素材を選んでも長所短所が存在するというのが実際のところです。
6) 何を選ぶか?
では、これらの素材の中でフロント筐体に選ぶなら何が最も良いのでしょうか?
うむ…それはとても難しい質問じゃ。どんな音のイヤホンを作るかでそれぞれの素材の特徴から目指す音と合致するものを選ぶのが理想ではある。
しかし、今回の素材のなかで音響的に良いと思われるものもまた存在します。
今回紹介した素材の中で、適度な比重、音の伝搬速度の速さ、内部減衰の小ささ、の3つをある程度満たしているものがあります。それは「チタニウム」です。
内部減衰が小さくロスなく振動を伝えることができ、音の伝搬速度も速い。比重はすこし軽いがアルミなどより重くステンレスより軽い。
しかし、比重や振動減衰の低さの面でドライバーの振動を抑えるという部分だけはあまり数値的に良くないところでもあります。
今回も少し長く複雑になってきたので、次はこのチタニウムに注目して考察してみたいと思います。